燕わらびが、誘われた日

ほんの少しの悪い事のつもりだった。
友達の家に泊めてもらうと嘘を言って、声優ユニットのライブを見に行った。
その後、終電近くの電車で家まで帰る。
夜遅くても、家の前で電話を鳴らせばきっと兄は起きているだろうし、少し怒られるだけで入れてもらえるだろうと、そう思っていたんだ私は。
だけどだけど、ただ深夜というだけの歩き馴れたいつもの道に出るなんて。
妖なんてモノが出るなんて。

―――その日、初めて着る服を着せられて、知らない部屋で知らない人と会った

卜部「こんにちは、卜部ソレイユと申します。はじめまして」

燕「…はい」

卜部「燕わらびさんですね。私は、こういう者です」

そう言うと、髪の長い褐色の肌の男の人は、折り紙を浮かせて飛ばして見せた。
その折り紙がひとりでに私の手の中に入ってきて、納まる。

燕「……え、何ですか、これ?」

卜部「こういうことが出来る人間なんです。そして、貴女も、同じような事が出来るかもしれません」

燕「……で、出来ないですよ!」

卜部「三日前までの貴女ならそうだったでしょう。でも、燕さん、おそらくおぼろげながらも自覚してらっしゃると思いますが、あなたは今、常識を外れた存在となってるんです。ですので、可能性はあります」

燕「……」

卜部「あなたは、一度殺されました。…それは覚えていますね?」

燕「……はい」

卜部「思い出したくもない事だと思いますが。あなたは、深夜の帰宅途中、不運にも妖に会って命を落としました」

燕「………何ですか、あやかしって…。なんであんなのが、あんな所にいるの?」

卜部「それは、不運であったとしか言えません。あやかしとは、怪物、バケモノです。ほとんどの人間は一生遭遇することも無い__ですがあなたは、出会ってしまった」

燕「……運が悪かった、だ、なんて…そんな言葉で納得なんて……」

卜部「そして、貴女は、こうして生きています。死に戻りした、常識を外れた存在となって」

燕「……⁉ わたし、今、何なんですか?」

卜部「幽者-カクジャ-。そう呼ばれている存在が、今の燕さんです。あなたは、妖に殺された後、蘇った。死にながら、生きている…だから幽者」

燕「……お化け、なんですか…?」

卜部「お化けとも違います。貴女の生態活動は、生前と同じ。食べたら出るし、鍛えたら強くなる、怪我をしたら血が出ます。ただ、違うのは__死ねない」

燕「……死ねない」

卜部「正確には、死んでも蘇ります。致命傷を受ければ、血が出るし、痛いし、死にます――だけど、24時間ほどで蘇る…」

燕「………」

卜部「それと、たぶん、歳はとらない…。さっき言った、生態活動は同じという言葉と矛盾していますが…。僕の知っている幽者となった人は、もう五年ほどずぅっと同じ容姿です…」

燕「………」

卜部「ただ、この情報も、真実かどうかは判りません。なにせ、幽者が世に出始めてまだ10年も経ていない。…判らないことの方が多いんです」

燕「……実感、ぜんぜん無い…」

卜部「___私がここに来たのは、燕さんに、ある取引を持ち掛けるためです」

燕「……取引、ですか?」

卜部「はい。貴女は、戸籍上はもう死んでいる。ご両親もお兄様も、あなたの遺体を確認されました。そのまま火葬場で荼毘に伏されましたが……あなたは蘇った」

燕「えっ…火葬場…で?」

卜部「はい。実はこの市には、妖に殺された方のご遺体だけが集まる火葬場があるんです…。そこの職員は、万が一その方が幽者になった時、速やかに僕たちに連絡を入れてくれます」

燕「……それってどういう意味ですか?」

卜部「幽者になる者は、皆一度、妖によって命を奪われているんです。私達は、そんな皆さんに声をかけ、共に、戦わないかと協力を求めています。これ以上、妖によって尊い命が奪われないように」

燕「……それが取引の内容…?」

卜部「はい。代わりに貴女の居場所をご用意します。共に戦ってくれる仲間達と、戦い方を教える先達と共に。この夕苑市にある、とある場所を」

燕「でも、戦うだなんて…どうしてそんなことを私達が?」

卜部「それもこれから詳しくお伝えしますが。___幽者である皆さんにしか、出来ないことなんです。皆さんの持つ、魂から鋳造された刀を用いることでしか」